販促会議1月号 連載 実例!シニアを捉えるプロモーション 第11回
高度成長を牽引したインフラ、鉄道産業もシニアシフトとともに新たな成長戦略が求められている。鉄道産業の共通課題は、駅周辺住民の高齢化に伴う旅客減、駅関連施設の利用者減である。しかし、他業界と同様、シニアシフトという変化は新たな需要を生み出しており、それをいかに自社の事業機会に取り込めるかにかかっている。
1.ヨーロッパ型のゴージャス車両でシニアのコト消費をモノ消費につなげる
私は07年に上梓した拙著「リタイア・モラトリアム」で、団塊世代の退職が本格化すると在来線には昼間走る「ゴージャス車両」が復活する、と予想した。ここ数年、ようやくその予想が現実化している。
JR九州が10月に運行開始した豪華寝台列車「ななつ星in九州」は、その代表だ。高級感ある内外装にこだわり、3泊4日または1泊2日の日程で九州を回る。旅行代金は1人15万~55万円だが、60代を中心に来年6月出発分まですでに予約が埋まっているとのことだ。
退職したら必ずやることの筆頭が旅行である。ただし、退職者は時間に余裕があるため新幹線で拙速に移動する必要はない。だから、昼間の在来線にゴージャス車両を走らせれば、利用者は間違いなく増える。しかし、「ななつ星」は多くの注目を浴びているものの、定員わずか30人と規模が小さい。しかも、料金もかなり高めであり、リピート客がつきにくく、収益性の面でもあまり期待できない。
一方、こうした「ゴージャス車両」をけん引してきたのは、旧国鉄のJRではなく、むしろ私鉄だった。今年の3月、近畿日本鉄道が導入した観光特急「しまかぜ」、12年のクラブツーリズムによる国内初の旅行会社専用列車、もっと昔からあるものでは小田急電鉄の「ロマンスカー」、東武鉄道の「スペーシア」などがその例だ。ところが、これらの私鉄車両は、「しまかぜ」を除くと開発時期が古いため、サービスの質がやや時代遅れになっている。
今後は「ななつ星」のようなハイエンドレベルと現状の私鉄レベルとの「中間レベルのゴージャス車両」が受けるだろう。そのモデルは、ヨーロッパ大陸を横断するIC特急のダイニング車両にある。風光明媚な景色を楽しみながら、通過する国ごとに異なる美味しいワインと食事を食べられ、会話を楽しめる。
列車とは単なる移動手段ではなく、移動のプロセスを楽しませてくれるものだ。シニアのコト消費には、いかに優雅な時間の使い方ができるかが勝負なのだ。
2.通勤定期の代わりに「シニア定期」を導入する
人数の多い団塊世代の退職が進むと通勤客が減る。また、退職者は現役サラリーマンに比べ旅行の頻度が多くなるとはいえ、毎日行くわけではない。一方、退職すると郊外から都心に出かける頻度が一般には少なくなる。その理由は交通費がばかにならないからだ。
現役時代は会社支給の通勤定期があったので、通勤以外でも自腹を切らずに外出できた。だが、退職するとそうはいかない。千葉や神奈川、埼玉から都心に出て来るのに意外に交通費がかかるため、その支出を嫌って都心に来る頻度が少なくなる。
一方、JR東日本は「大人の休日倶楽部」で会員制の中高年向け運賃割引を実施しているが、片道201キロ以上でないと割引の対象にならない。
こうした状況を考慮すると、通勤定期ほど割り引く必要はないが、もっと近距離でも通常の切符より安く乗れる「シニア定期」のようなサービスに市場性がある。もちろん、会費制で良い。
連載第一回で述べたように、シニアの資産構造は「ストック・リッチ、フロー・プアー」であり、毎月の支出は押さえたいが、一回限りの出費なら支払える。ある程度使えば、元が取れると思えば、多少高めでも年会費は払う傾向が強い。
3.高齢者住宅ではハードではなく、ソフトに金をかける
高度成長期に整備した鉄道の駅周辺には大きな住宅団地があることが多い。鉄道の整備と同時に住宅分譲も行っているからだ。こうした団地住民の高齢化に対応して、多くの鉄道会社が有料老人ホームやシニアマンションなどの高齢者住宅に取り組んでいる。たとえば、東急電鉄は「東急ウェリナ大岡山」、京王電鉄は「アリスタージュ経堂」、西日本鉄道は「サンカルナ」、といった具合だ。
ところが、これらの取り組みの多くは苦戦を強いられている。理由は、建物などのハードに金をかけ過ぎて、入居一時金と月間費ともに高めにせざるを得なくなっていることだ。さらにホテルのような生活環境をうたった高級施設が多いが、実はこれは一昔前のビジネスモデルだ。
シニア住宅市場は変化が速い。特に高級有料老人ホームは、リーマンショック以降、市場が急激に縮小している。ところが、こうした施設は開発のリードタイムが4,5年と長いため、施設が開設する頃に市場が変わり、一昔前のモデルが売り出されてしまう。動きの速い市場では、ハードに金をかけず、初期投資が少なめで済むサービス付高齢者向け住宅などを活用し、かつ認知症予防などのソフトでの差異化にもっと注力するのがよいだろう。
4.駅と駅の狭間のシニア住民の“足”を提供する
どの鉄道会社もグループに百貨店やスーパーを持っているが住民の高齢化に伴い、こうした店舗への来店客が減っている。いろいろな理由で外出頻度が下がっているからだ。しかし、鉄道会社グループは、こうした外出困難な人に対する生活支援サービスがまだ手薄で食事宅配業者やネットスーパーなどに徐々に客を取られつつある。したがって、鉄道会社グループもこうした宅配やネットショップに注力するべきだ。
そのうえで、こうした競合他社が真似しづらいのは、ずばり「交通手段の提供」だ。宅配サービスは便利だが、高齢者には自分の足で買い物に行き、自分の目で確かめて買い物したい人は案外多い。
しかし、以前は徒歩15分の買い物に行けた人も、加齢で足腰が弱ると、徒歩10分でも荷物を持つとしんどくなる。こうした人たちのために、駅と駅の狭間の住宅地に巡回バスを走らせるのはどうだろうか。鉄道会社はバスを豊富に持っているからだ。
とはいえ、それなりの費用のかかるバスの巡回を効率化するには、運行時間帯を食事の買い物が必要な時に絞る、ネットや携帯で利用を申し込んでもらうなどの工夫が有効だ。
参考文献:
シニアシフトの衝撃(ダイヤモンド社)
リタイア・モラトリアム(日本経済新聞出版社)