保険毎日新聞 連載 シニア市場の気になるトレンド 7

図表1_オリックス調査近年、介護ロボットが注目されている。その直接的な理由は、平成 25 年(2013年) 6 14 日に閣議決定した日本再興戦略で、政府は「国民の『健康寿命』の延伸」の重点施策として「ロボット介護機器開発 5 カ年計画の実施」を掲げたためだ。

 

これを受け、経済産業省と厚生労働省とが連携し、介護現場の具体的なニーズに応える安価で実用性の高いロボット介護機器の開発を進めることとなった。

 

介護ロボットが必要な理由(1):介護を受ける人の「心理的負担」の軽減

 

201211 月にオリックス・リビング社が全国の40代以上の男女1,238人を対象に実施した介護に関する意識調査は、それまでの介護ロボットに関する介護業界の「通説」を覆す内容で、波紋を呼んだ。その「通説」とは、「介護される人は人の手による介護を望んでおり、ロボットなどの機械による介護など、もっての外」というものだ。

 

ところが、調査によれば、介護ロボットによる身体介護を「積極的に受けたい」「受けてもよい」と回答したのは男性78.7%、女性73.6%。年齢別にみると、50代で男性84.6%、女性76.9%、60代以上でも男性74.3%、女性67.8%が介護ロボットに肯定的な回答を寄せた(図表1)。

 

介護ロボットに肯定的な人に理由を聞くと、約9割が「ロボットは気を使わないから」「本当は人の手がいいが、気を使うから」と回答している。介護される身にとっては、介護されることが「他人に負担をかけること」になり、そのこと自体がむしろ心理的な負担となっているのだ。

 

このように、介護ロボットが必要な第一の理由は、介護を受ける人の「心理的負担」の軽減にある。

 

介護ロボットが必要な理由(2):介護をする人の「肉体的負担」の軽減

 

介護現場では職員の多くが腰痛に悩んでいる。実際に介護をやってみればわかるが、乳幼児と異なり、介護対象者である大人は非常に重い。特に男性は一般に女性より重い。しかも、しがみついてくる場合も多く、ただでさえ重い身体がさらに重く感じる。

 

介護現場では、特に入浴介助と排せつ介助の場面において、こうした「重い大人」を移動させたり、担いだりせざるを得ないことが多く、どうしても腰痛が多くなってしまう。

 

実は私自身も長い間腰痛持ちなので、腰痛状態での肉体的苦痛はよくわかる。そして、それが慢性化した時にいかに精神的に気が滅入るかもわかる。腰痛だけがすべての理由ではないが、腰痛は介護業界でスタッフが離職していく大きな理由となっている。

 

このように、介護ロボットが必要な第二の理由は、介護を行う人の「肉体的負担」の軽減にある。また、高齢者施設経営者の立場では、職員の労働環境の改善による労災事故の防止となる。

 

なぜ、これまで介護ロボットの普及が進まなかったのか

 

一方、これだけのニーズがある介護ロボットだが、介護現場で商業利用されているものは、まだ、ごくわずかなのが現状だ。普及が進まなかった理由は、先述のとおり介護現場には「人の手による介護が一番」という考えが浸透していることに加え、介護ロボットの大部分が介護保険の適用外となっており、介護施設側に高額の費用負担が求められること、などが挙げられる。

 

また、商品化が進まない理由は、商品開発者であるロボットメーカーと商品利用者である有料老人ホーム・介護施設事業者などとの「シーズとニーズのギャップ」が大きいことが挙げられる。

 

ロボットメーカーが陥りやすい落とし穴

 

「技術(technology)」は、しばしば商品やサービスの「革新(innovation)」のカギとなる。しかし、高度な「技術」を用いただけで商品やサービスの「革新」が必ずしも起こるわけではない。実は、介護ロボットの分野にその典型が見られる。

 

この分野では、すでに数多くのロボットが開発され、一部商品化されているものもある。例えば、ある研究所が開発したのは、要介護者を想定した大人の女性に見立てた人形を抱きかかえて運べる巨大なロボットだ。また、別のある大学の例では、声による命令に従って焼きあがった食パントーストをお皿に載せたり、皿を載せたお盆を食卓まで運搬できたりするロボットがある。

 

ところが、こうしたロボットの多くには、使える場所が少ない、ほこりに弱く故障しやすい、メンテナンスが面倒、価格が高い、といった共通の課題が見られる。そして、これらの共通課題以上に致命的なのは、介護という生身の人間を扱う作業の担い手としては、あまりに「機械的」で、気味が悪いことだ。

 

これらの課題を乗り越えられない大きな理由は、商品の開発者と利用者とのギャップにある。それは、利用者が「課題の解決を求めている」のに、開発者が「技術を売りにしたがる」ことだ。こうした本末転倒が、ロボット開発という分野ではしばしば起きやすい。

 

一方、産業技術総合研究所が開発し、(株)知能システムが製造販売しているPAROというロボットは、前述の介護ロボットと異なるアプローチを取った例だ(図表2)。

 

PAROの見かけはアザラシの子供のようで、実際アザラシのような鳴き声を発する。このPAROをペットの代わりに購入する人が少なからず存在する。購入の理由は、動物でないために、旅行やレストランに連れていける、死なない、エサがいらない、といった利点のためだ。

 

しかし、もっと大きな理由は、「動物のように可愛い」「家族のように感じる」からだ。本来動物ではないロボットを、「技術」の力で、愛嬌のある動物らしくする。それに成功した数少ない事例がPAROだ。

 

「技術」が「技術」として見えるのは本当の技術革新ではない。本当の技術革新とは、技術の存在を意識させないことにある。もちろん、PAROのようなコミュニケーション・ロボットだけが介護現場でのニーズではない。しかし、PAROの商品化における技術の扱い方は、今後日本で取り組むべき介護ロボット開発に大きな示唆を与えるものだ。

 

介護ロボットは海外への輸出商品になる

 

さまざまな課題がありつつも、介護ロボットが必要だと私が考える本当の理由は、海外への輸出商品になるからだ。201314日の日経産業新聞に「大和ハウス工業、高齢者などの排せつを支援するロボットを海外でも販売へ」という記事が掲載された。

 

この商品は、仙台に本社のあるエヌウィック社が商品化した「マインレット爽」である。大和ハウス工業が2012年秋にエヌウィックと資本提携し、総販売代理店になっている。

 

実はこの商品は、数年前にデンマークの工業技術院が来日した際に興味を持ち、デンマークで実証試験を行ってきた経緯がある。高福祉国家として有名なデンマークも、今後の高齢化の進展で介護スタッフの不足や介護コストの増加が予想されている。このため、どうしても人手が必要な作業は人間が担い、そうでない作業は極力ロボットなどに代替させることを、国を挙げて取り組んでいる。

 

デンマークのような福祉先進国ですら、ロボット技術という点では、常に日本の動きを注視しているのだ。実は筆者も近年はデンマークとスウェーデンのメディアから何度か取材を受けている。

 

このような世界から注目を浴びる日本の介護ロボットだが、今後本格的に普及するにつれ、万が一事故が起こった際の保障のニーズも高まるだろう。保険業界も注目しておくべき分野の一つである。

 

 

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