研究開発リーダー20131月号 今月のR&D最前線 羅針盤

HK高層住宅世界から注目されている日本のシニアビジネス動向

 

日本の高齢化率(総人口に占める65歳以上人口の割合)は、2012年現在、推計で24・1%に達した。この数値は世界一である。この「超高齢社会・日本」の動向は世界各国から注目されている。

 

私は、直近の2年間だけでも、アメリカ、イギリス、ドイツ、スイス、韓国、シンガポール、香港、台湾で開催された国際会議やカンファレンスに何度も招待講師として招かれている。また、EUやスウェーデン大使館、イタリア大使館などから講演会に招かれる機会も何度かあった。さらに、アメリカ、イギリス、スウェーデン、デンマーク、ブラジル、シンガポール、香港、中国のメディアからも何度か取材を受けている。

 

こうした講演や取材での共通の関心事は、日本の高齢化に伴う課題とその解決策について意見が聞きたい、というものだ。国際会議では、常に日本との比較、日本の話題が登場し、日本に対する高い関心を身に染みて感じている。また、特に最近はスウェーデンやデンマークのような、日本が羨んできた高福祉国から日本のシニアビジネス動向について尋ねられる機会が増えていることに驚く。

 

このように世界から注目される理由は、よくも悪しくも日本が高齢社会に必要なことの「ショーケース」となっているからだ。年金などの社会保障の課題だけでなく、個人の健康や生活設計に対するニーズには「世界共通」のものが多い。だから日本をじっと見ていれば、自国の近未来の姿が見えてきて、自国で課題が顕在化する前に対策を講じることができるのだ。

 

ところが、この世界一の超高齢社会・日本ですら「人口動態のシニアシフト」に対して、「企業活動のシニアシフト」は一部の企業と業種を除いて遅れ気味だった。いま、ようやくそれが本格的になってきたところなのだ。とはいえ、世界中を見渡して、これほどまでに「企業活動のシニアシフト」が活発になっている国は日本以外にはまだ見当たらない

 

研究開発リーダー2013年1月号_4-1_2「企業活動のシニアシフト」は、これから他の国でも必ず起こる

 

国連の定義によれば、高齢化率が7%を超えると「高齢化社会」、14%を超えると「高齢社会」という。ちなみに21%を超えると「超高齢社会」というが、日本は2007年から超高齢社会になっている。皆さんは、2030年までにアフリカや中近東を除く世界の多くの国が「高齢化社会」に突入することをご存じだろうか。ますます混沌とする世界情勢のなかで、世界中で確実な構造的変化は「人口動態のシニアシフト」なのである。

 

したがって、日本で本格化した「企業活動のシニアシフト」は、これから他の国でも「人口動態のシニアシフト」につれて一定の時間差をおいて必ず起こる。特に高齢化率の高いヨーロッパでは、近い将来間違いなく起こるだろう。

 

だから、日本企業は、いまのうちに切磋琢磨して、自社の商品・サービスに磨きをかけることだ。そうすれば、それらの商品・サービスは、一定の時間差をおいて「人口動態のシニアシフト」に直面する他の国から必要とされるようになる。

シニアビジネスは、「タイムマシン経営」によって規模がグローバルになる

 

つまり、シニアビジネスは「タイムマシン経営」によって、規模がグローバルになるビジネスなのだ。ここでいう「タイムマシン経営」とは、高齢化に伴う課題に真っ先に直面する日本でまず商品化し、それを一定の時間差をおいて同様に高齢化に直面する他の国や地域に水平展開するということだ。

 

すでに一部の介護サービス企業が、中国などに進出しているのは、この「タイムマシン経営」に近いものと言えよう。

 

また、たとえば、ユニ・チャームという会社は、日本国内では市場が縮小している赤ちゃん用おむつに代わって大人用おむつで市場を拡大しつつ、海外の新興国では赤ちゃん用おむつの市場を拡大している。

 

この場合の優位点は、おむつの原料が赤ちゃん用も大人用もそれほど変わらないことだ。つまり、赤ちゃん用の経営資源を大人用に振り替えることで国内でも市場を拡大し、海外では従来の商品を投入して市場拡大を図るやり方だ。これも効率のよい「タイムマシン経営」の1種である。

 

研究開発リーダー2013年1月号_表紙_2シニアビジネスは、「グローバル・ライフサイクル・ビジネス」になる

 

さらに、これを一般化すれば、従来子供用に提供していた商品を大人用に切り替えることで大人用市場を拡大しつつ、海外の新興国では従来の子供用商品を投入して市場拡大を図るビジネスモデルになる。そして、その新興国が高齢化したら、日本で練り上げた大人向け商品を、満を持して投入すればよい。

 

こうして見ると、シニアビジネスは、「時間的な垂直展開」と「地理的な水平展開」とによって、グローバル規模で顧客のライフサイクルにわたるビジネスになるのだ。このように考えると市場可能性は無限大に広がり、暗いイメージに陥りがちな高齢化に明るい希望を見出すことができる。これから本格的にシニアシフトに取り組もうという企業は、ぜひ、こういう発想で事業を構築するべきだ。

 

多様で複雑なアジアでは、進出する地域と時期の周到な準備が重要

 

一方、アジアと一口で言っても広範で多様であり、内実は複雑である。アジア市場というマス・マーケットはないとみるべきだ。だから、実際にアジア市場に進出する場合、国ごと、地域ごとにきめ細かな事業戦略が必要となる。

 

私がシニアビジネスの市場としてアジアを意識し始めたのは、2008年である。シンガポール政府に呼ばれて講演をした際、国の政策がシニア市場に意識を向けつつあるのを感じたからだ。ところが、その後の進捗はゆっくりだ。シンガポール政府は将来を見越して危機感を強めているが、民間企業はまだ腰が引けているところが多いからだ。

 

調べてみれば、まだ若年層の割合が高く、関連のインフラも少ない。企業は目の前の若者を相手にビジネスをしたいと考えているので、当然、シニア向けの優先順位は低くなる。

 

高齢化率は日本が24.1%なのに対し、香港や韓国、シンガポールがいずれも1011%でいずれも日本の半分程度。ところが、これらの国と地域は次の20年で急速に高齢化する見通しだ。その理由は日本よりも低い出生率が続くと予想されているからだ。

 

一方、中国の高齢化率は7%程度だが、実人数で言えば圧倒的に多い。60歳以上の人口は16,000万人くらい、65歳以上でも11,000万人はいる。しかし、この人たちがすべて顧客になるかというとそうではない。9割程度は低所得でお金がない層といってもいい。

 

退職年齢も国によってさまざまだ。日本では65歳で定年なのに対し、シンガポールでは62歳で、これを近く65歳に引き上げる見通しである。韓国は企業によって定年は5563歳と幅を持たせており、平均は58歳とされている。

 

このように、アジアと一口にいっても状況はさまざまである。だから、企業が進出する際には、高齢化率やシニア人口の絶対数、所得水準や所得格差、退職年齢、人口分布などさまざまな要素を考慮し、どのような商品やサービスを、どのタイミングで、どの地域に投入すべきかを周到に考える必要がある。

 

たとえば以前、福祉車両をアジアに投入しようと検討している自動車メーカーの人と話をした際、その人は進出先として「やっぱり中国かな」と言っていた。その理由は「人口が多いから」だと言う。中国は人数が多いので進出しやすいと考える企業が多い。

 

ところが、福祉車両は普通の自動車よりも単価が高い。それをそのまま輸出しても、実際に買おうという人はごく一部の富裕層に限られる。高齢者の数が多いことと市場が大きいこととは必ずしも一致しない。

 

このように「人数が多いからなんとかなる」と安易に考えても、事業がうまくいく保証はない。進出を検討するに当たっては、自分の会社の商品がどのあたりの層を狙い、ターゲットにするのかを明確にする必要がある。どんな分野でもそうだが、闇雲に海外市場に飛び出すだけでは、当てが外れる可能性は高い。

 

アジアに進出する日本企業側にも発想の転換が必要

 

香港やシンガポールは、アジアの中では比較的所得水準も高い方だが、介護サービスのレベルは低い。そもそもまだ若い国だということもあるが、意外に貧富の差が大きく、富裕層はヘルパーの代わりにメイドを雇う人が多い。

 

ところが、メイドは家事の手伝いはできても介護の経験はない。これが事故につながりやすいので、プロフェッショナルなサービスが必要だと思っている人も多い。

 

こうした国々は日本企業をベンチマークしていて、日本企業と組むことで、日本で確立されている介護サービスのスタンダードをそのまま自分たちの国に導入したいと考えている。実際、いくつかの日本企業がこれらの国の企業や政府と水面下で話し合いを進めており、関連企業の動きもこれから活発になっていくだろう。

 

一方で、介護ビジネスは結局のところ人材育成のビジネスで、時間がかかる。日本で介護ビジネスを展開してきた企業がアジア進出を考えるときに、最も危惧しているのはこの点である。

 

つまり、現地の人材を活用するにしても、進出した直後は日本から人が出向いてコーチする必要がある。介護ビジネスをよく理解していて、力量もありリーダーシップもある人材を長期間送り込まなければならなくなるので、中小企業が多い介護サービス企業が尻込みしたくなるのは当然だ。

 

介護の世界では介護技術だけでなく、スタッフが介護の理念・哲学を理解することが大事になる。そこが欠けてしまうと、働いている人たち自身が、なぜ介護をやっているのかさえわからなくなってしまう。アジア市場に進出する際は、こうした部分の教育を現地のスタッフにきちんと行うことが重要だ。

 

ビジネスの仕組みも日本とは異なる。日本には介護保険制度があり、1割は自己負担、9割は保険収入報酬で賄われる。日本ではこれを基盤としてビジネスを組み立てられるが、韓国で一部ある以外、アジアの他の国ではほとんどこうした仕組みがない。だから、入居者や利用者が自腹を切ってサービスを受けなければならない。

 

日本の介護業界は、これまで国内向けが主だったので、海外向けにカスタマイズするのに手間がかかる側面もある。これらのことを考えると、いまのところは多くの人手を割かずに済む情報システムや出来合いの介護用品の販売を売りたいというのが企業側の本音だろう。

 

アジアのシニア市場では小売業に商機あり

 

日本でもメディカルツーリズムで外国人を呼び込もうという話がよく出ているが、あまりうまくいっていない。メディカルツーリズム利用者のメリットは、そもそも良質の医療を安く受けられることだ。

 

ところが、日本の場合は、まず「安く」という点でタイなどに太刀打ちできない。だから、日本でやる場合は、価格の安さ以外のメリットが必要だ。たとえば、草津温泉のような、リゾート地としてのスケールと魅力とを併せ持ったキラーコンテンツを保有できれば、メディカルツーリズムと組み合わせても商機があるかもしれない。

 

また、日本ではコンビニやスーパー、百貨店といった小売業が「シニアシフト」に注力し、シニア向けの商品やサービスを次々に投入している。ここで得たノウハウは、比較的早い段階でアジアに持っていくことができるだろう。その理由は、日本国内で苦戦が続く百貨店を含め、小売業界はすでにアジアに多くの店舗を持って、地域に根付いているからだ。

 

たとえば、シンガポールでも香港でも高層住宅が多い。こういう場所に住む人たちは身体が衰え動かなくなった場合、まず何に困るかといえば、食べ物の調達だ。だから、高層住宅の一階や家の近くにコンビニなどの店舗があれば、非常に便利になる。現在はまだ若者がお客の中心だが、数年後にはシニア向けにも確実に需要が出てくるだろう。

 

シニアビジネスで、日本は世界のリーダーになれる

 

私は、高齢社会対策、特にシニアビジネスの面で、日本は世界のリーダーになれると真面目に考えている。その理由は、日本で揉まれたシニアビジネスが世界で通用するからである。そのポイントは2つある。

 

第1に、日本では高齢化の課題が世界のどこよりも早く顕在化すること。これは裏返せば、シニア分野でのビジネスチャンスが世界のどこよりも早く顕在化することを意味する。だから、常に世界に先駆けて商品化でき、いち早く市場に投入できる優位性がある。

 

第2に、シニア市場とは多様な価値観を持った人たちが形成する「多様なミクロ市場の集合体」であること。この「多様性市場」には、きめ細かな対応力が求められるが、日本の高度な集積化技術と、日本人の細やかな情緒感覚がこの対応力の源泉となる。日本は、シニアビジネス分野で他国に対して優位に立てる素地を十分に持っているのだ。

 

 

シニアシフト衝撃 エピローグ 世界中シニアシフト