経済新報 11月5日 特集「超高齢社会を考える」

kezaishinpo111105経済新報115日号に、さる929日にスウェーデン大使館で開催された「高齢者福祉セミナー」で「超高齢社会への創造的解決策」と題しておこなった基調講演の要約が掲載されました。以下にその全文を掲載します。

 

日本は、2010年度で65歳以上の高齢者が占める高齢化率は23.1%と、世界一の高齢社会となっています。しかし、高齢化しているのは日本だけではありません。2030年にはアフリカなど一部の地域を除いて世界の大半が国連の定義による「高齢化社会(高齢化率が7%を超えた国)」になると予想されています。日本は人口減少社会と言われていますが、高齢者の人口は今後も増え続け、特に75歳以上の増加率が高くなります。

 

さて、高齢世代は日常生活に多くの不安をもっています。いったい何が不安なのか。

一つは「健康不安」。病気で要介護・寝たきりになりたくない。二つ目は「経済不安」。生活するにもお金がかかる。しかし、年金制度や健康保険制度の将来が心配。三つ目は「孤独不安」。健康でお金が十分あっても「生きがい」がなければ健康長寿とは言えない。これらに根本的な不安を感じているのです。

日本の要介護人口は増え続けており、70歳を過ぎると増加率が急速に上がります。要介護状態になると大変なのは、介護期間が長いこと。つまり、本人よりも世話をする人への負担の期間が長くなるのが大変なのです。3年以上要介護状態の人が約6割、5年以上も4割になります。

では、要介護状態になる原因の上位は何か。07年の「国民生活基礎調査」によれば、第一位は「脳卒中(脳出血・脳梗塞・くも膜下出血)」、第二位は「認知症」。次の「高齢による衰弱」を除くと、以下「関節疾患」「転倒・骨折」と続きます。これらより、「脳卒中」と関節疾患などの「運動器障害」の予防が要介護状態にならないために重要なのです。

脳血管疾患の原因は高血圧、糖尿病、脂質異常症、肥満などの生活習慣病なので、これを防ぐことである程度予防ができます。生活習慣病の予防には「有酸素運動」が有効です。その代表がウォーキングです。ゆっくり泳ぐのもよいですが、早く泳ぐと有酸素運動にならないので注意が必要です。

しかし、実は有酸素運動だけでは寝たきり予防には足りません。筋肉の衰えを止められないからです。私たちの筋肉は30歳を過ぎると徐々に減っていきます。20歳代を100とすると、60歳代は6割に、70歳代は5割に落ちます。特に女性は男性に比べて筋肉が落ちやすく、それも上半身より下半身が落ちます。女性が転倒しやすくなるのはそのためです。

このため筋肉トレーニングが寝たきり予防に重要です。しかし、高齢者にとって筋トレは一般に敷居が高く、面倒くさい。これを普通の生活の中でいかに継続できるように取り入れていくかが肝要なのです。これからご紹介するのは、米国生まれの「カーブス」という女性専用のフィットネスクラブです。全世界で1万1千店舗、会員数は4百万人以上という、ギネスブックにも登録された世界最大のフィットネスクラブです。有酸素運動と筋肉トレーニングが効率良く30分でできるという手軽さから、日本でも大ブレークし、ものすごい勢いで全国に広がっています。

会員の8割が40歳以上、4割が60歳以上です。70歳以上の女性でも気軽に通っています。それは駅前でなく、住宅街に近いところに店舗を構え、家事や買い物の途中に通えること。プール、スタジオ、ジムというフィットネスクラブの3種の神器がないので設備投資が少なく、会費も安いこと。成果に関係のないシャワーも飲食スペースもありません。また、「スリー No M」、No Men(男性がいない)、No Make up(化粧が不要)、No Mirror(鏡がない)、という特長から余計なことを気にせず集中できます。自宅近く、コミュニティという続けやすい環境を作ったのも成功した理由です。

退会率の低さもカーブスの特徴です。従来のフィットネスクラブでは退会率が10%程度ですが、カーブスでは2~4%とわずか。若い女性に比べ中高年の女性は一旦気に入ると継続する確率が高いのです。日本のカーブスは、スタートして6年2ヶ月の今年9月現在、国内1051店舗、会員数は38万人を突破しました。

米国生まれのカーブスですが、質の面では本家を凌駕する勢いです。米国のカーブスでは、ロゴが店舗ごとに違ったり、サービスも価格も店によって異なったりします。しかし、日本は品質管理の国。どの店舗も同じロゴ、同じサービス、同じ価格と、徹底しています。実は、この日本方式の逆輸出が始まっており、ブラジルが導入を決めました。本国の米国でも学ぼうとしています。これはかつてのセブン‐イレブンに似ていますね。

従来のフィットネスクラブは「筋トレおたく」が行くところと思われ、利用者が限定、市場は飽和状態と思われていました。しかし、フィットネスと縁がないと思われていた中高年女性の利便性を徹底的に追求し、新たな市場を創造したのです。

実は飽和していたのは市場ではなく、私たちの頭の中でした。つまり先入観にとらわれていたのです。それをいかに打ち破るかが、これからのシニアビジネスにとって必要なのです。ある経営者は「売れていないものの中にこそ、次のビジネスチャンスがある」と言っていますが、全く同感です。

飽和していると見える市場のそばには必ず新しい「不」が登場します。「不」とは「不安」「不満」「不便」。これはどんな商品、サービスにも必ずあります。たとえ売れていると思われるものでも良く調べると、まだ解決されていない「不」が必ずあります。だから、こうした「不」の発見者になれば新しいビジネスチャンスが見えてくるのです。

 

次に、高齢者の不安の大きなものに「認知症・寝たきりになりたくない」というのがあります。日本人の認知症出現率は70歳を超えると5歳おきに倍増します。一番の原因はアルツハイマー病。病と呼ばれていますが、本当の原因はまだわかっていません。脳血管疾患による認知症が二番目の原因ですが、これはお話したように生活習慣病を防ぐことである程度防げます。

認知症の周辺症状には、徘徊、妄想、攻撃的行動などがありますが、これで周りの家族が一番困ります。人間が人間らしい生活を送るうえで最も重要なのが、額の後ろにある「前頭前野」という部分です。思考する、行動を制御する、会話する、意思決定する、感情を抑える、などの重要な機能はここが担っており、脳の他の領域を制御する脳の司令塔としての役割もあります。

実は認知症の人はここが働いていないのです。機能的MRIでみると、瞑想しているとき、TVを見ているとき、難しい計算などをしているときなどは、前頭前野が活性化していません。しかし、音読しているとき、手で書いているとき、簡単な計算をスピーディに行っているときは、前頭前野はもちろん、他のいろいろな部位が活性化されていることがわかります。そこで、この原理を利用して、10年前に東北大学川島隆太教授と公文教育研究会、福岡の高齢者施設・道海永寿会が共同で認知症改善プログラムの開発を始めました。これが「学習療法」です。

次のビデオをご覧いただくとよくわかりますが、学習療法に取り組む前と後では、表情が全然違います。無表情だった高齢女性に笑顔が出たということは、前頭前野の機能が戻ったということです。これを見るとサポーターの女性もうれしい。私のような若輩者でも認知症の人を元に戻すことが出来るのだと、勇気付けられます。次のビデオの女性は3年以上寝たきりでした。学習療法を3ヶ月行ったところ、車いすに座ってですが文字が書けるようになりました。

別の人は夜間の緊急呼び出しボタンを毎夜押していたのが、1年間学習療法に取り組んだらボタンを押すのが月2回となりました。不安に感じる頻度が減ったのです。さらには寝たきりの時間が長かったのが、ベッドから降りて何かをしたいという希望を意思表示することが多くなりました。何かをしたいという意欲が湧いてきたのです。

一方、この学習療法を健康な人の認知症予防に応用する取り組みが「脳の健康教室」です。参加者には「頭の回転が速くなった」「脳梗塞でしゃべれなくなったが、言葉が出るようになった」「生活に張りが出て意欲が湧いた」「気持ちが明るくなった」など、大きな成果が出ています。

認知症の方向けの「学習療法」は日本全国で千二百以上の高齢者施設で延べ一万二千人の方が、健康な方向けの「脳の健康教室」は四百ヶ所、五千人の方が取り組んでいます。今年の5月から米国オハイオ州クリーブランドでもトライアルを始めたところ、素晴らしい成果が出ています。いずれ別の機会にご報告します。

実はこの学習療法と同様に脳を活性化させる原理に基づいて商品化し、大ヒットしたのが任天堂の「脳を鍛える大人のDSトレーニング」です。

高齢者はひとり一人、人生の履歴も価値観も違います。だから、ひとり一人にカスタマイズしないといけません。ビジネスとして成立させるには、それをソフトの力で省力化することが大切です。

さて、介護保険予算は増え続けており、09年度は7兆円、10年度は8兆円。何としてもこの予算を減らさないといけません。10年時点での日本の認知症人口は200万人います。私たちの計算では、もし、200万人が学習療法をやれば、日本だけで年間22億ドル削減できることになります。世界の認知症人口は10年時点で3650万人おり、この数は今後も増え続けると予想されています。認知症人口の低減は世界レベルで求められているのです。

脳トレや筋トレを行うと、社会性・社交性が増加し、生きる意欲が湧いてくることがわかっています。すると新しい服を買いたい、みんなと旅行に行きたいといった消費行動が促されます。つまり、脳トレや筋トレで医療・介護コストを下げるだけでなく、経済需要を旺盛にすることができるのです。これを私たちは「ニューロ・ソーシャル・エコノミクス」と名付けて研究を進めております。

「創造的な商品・サービスは、年齢に関わらず人の成長を支える」と私は考えています。ご清聴有り難うございました。